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水上 武彦 (株式会社クレアン)
マッキンゼーのグローバル・マネージング・ディレクターであるドミニク・バートン氏は、最近のハーバードビジネスレビュー誌の論文で、昨今の経済危機を踏まえ、資本主義は「長期資本主義」への転換が求められており、そのために必要な3要件として、以下を挙げている。
本コラムでは、このうち、2.の「ステークホルダー利益への貢献」について考えてみる。
バートン氏も同論文で述べており、私も企業の方々のコンサルティングをしながら感じることだが、現在の企業では、企業価値の最大化とステークホルダーへの貢献は対立関係にあり、ステークホルダー・エンゲージメントなども、義務的なコストという認識をもたれている方が多いように思う。
一方で、マッキンゼーが約2000人の執行役員と投資家に調査した結果によると、「ESGへの取り組みが長期的に企業価値を創造するか?」という問いに対し、75%以上がYesと回答している。
要は、「ステークホルダー・エンゲージメントは重要だと思うし、長期的な企業価値向上には結び付くように思うが、具体的効果がイメージできないので、当面の活動としては、それほど積極的でなく義務的にやっている。」といった状況なのではないかと思う。
すなわち、現在のところ、ステークホルダー・エンゲージメントに「戦略」がないのだ。
「戦略」には、まず「目的」が必要である。企業活動の目的が“企業理念の実現”または“企業価値の向上”である以上、ステークホルダー・エンゲージメント戦略の目的も同じであるべきだろう。一般的には、“長期的な企業価値の向上”とするのが良いのではないか。
では、“長期的な企業価値向上”に向けたステークホルダー・エンゲージメントは、如何にあるべきか?
キーワードは、「リスクマネジメント」「イノベーション」「バリューチェーンおよび競争基盤の強化」である。
このうち、「リスクマネジメント」の視点は、多くの方が認識しているだろう。ステークホルダーが企業から不利益を得ている、または十分な利益を得ていないと感じれば、それはリスクとなる。直接のステークホルダーが不満の声を上げなくても、社会やNGO/NPOといった間接的ステークホルダーが問題視するリスクがある。最近では、ソーシャルメディア等の力を得て、こうした不満や問題視の声の影響力は高まっている。
ここで問題となるのは、「実際はどうであるか」ではなく、「ステークホルダーがどう感じるか」である。ここにステークホルダー・コミュニケーションが重要となる理由がある。
特に、事業のグローバル展開においては、従来と異なるニーズや考え方を持つステークホルダーとの関わりが必要となるため、ステークホルダー・エンゲージメントはより重要となるだろう。
「リスクマネジメント」については、自社のバリューチェーンがステークホルダーに与える影響を網羅的に把握し、大きな影響を与えると想定されるステークホルダーを中心に双方向コミュニケーションをしっかり行うことが重要である。
一方で、より戦略性が求められるのが、「イノベーション」や「バリューチェーンや競争基盤強化」のためのステークホルダー・エンゲージメントである。これらは、企業価値を直接向上させる活動であり、“攻めのステークホルダー・エンゲージメント”と呼んでも良いだろう。
「イノベーション」を目的としたステークホルダー・エンゲージメントには、大きく2種類ある。「変化の洞察」と「新たな気づき、知識の獲得」である。
「変化の洞察」とは、世の中の変化をステークホルダーとのコミュニケーションを通じて理解することだ。
GEのジェフ・イメルトは、2003年頃に、全事業をレビューしている中で、「環境」が共通課題となっているのではないかという仮説を持った。そこで、他企業、顧客、政府、NGOなどと広くエンゲージメントを行った結果、「環境」への対応が新たなメガトレンドであるということを確信し、他社に先んじて「エコマジネーション」として、環境ビジネスに本格参入した。
このように、ステークホルダー・エンゲージメントを通じて、社会の変化を深く理解することができ、自信を持って新たな戦略方向性を打ち出すことが出来る。
「新たな気づき、知識の獲得」については、エーザイの例を挙げたい。
エーザイは、「本会社は、患者様とその家族の喜怒哀楽を第一義に考え、そのベネフィット向上に貢献する。」「本会社の使命は、患者様満足の増大であり、その結果として売上、利益がもたらされ、この使命と結果の順序を重要と考える」と企業理念に掲げ、「業務時間の1%を患者様とともに過す」という方針のもと、病院や老人ホームを社員が訪ね、患者や入居者の生活支援を実施している。エーザイでは、こうした活動をhhc(ヒューマン・ヘルスケア)活動と呼び、全社をあげてすべての組織で実施している。
こうした患者などのステークホルダーとのエンゲージメントを通じ、固形物を飲み込めないアルツハイマー患者がゼリー状のお菓子を口にする光景にヒントを得て開発したゼリータイプのアルツハイマー薬など、様々なイノベーションが生まれている。
このようにステークホルダー・エンゲージメントを通じた「新たな気づき、知識の獲得」は、途上国における“リバース・イノベーション”、外部との協働による“オープン・イノベーション”などの形でも行われており、最近大いに注目されている。
バリューチェーンや競争基盤強化については、詳細は、下記のCSV(Creating Shared Value)に関するオピニオンペーパーまたはコラムをご参照頂きたいが、企業の競争力の源泉であるバリューチェーン、人材や社会インフラなど、企業活動を支える競争基盤は、多様なステークホルダーとの関わりの中に存在している。
http://www.cre-en.jp/library/opinion/pdf/110220.pdf
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110530/220295/
それゆえ、多くのステークホルダーとWIN-WIN関係を構築することにより、バリューチェーンや競争基盤を強化し、企業の競争力および長期的な企業価値を向上させることができる。
P&Gとウォルマートが協働して、包装や水の消費量を削減している例や、ユニリーバなど途上国ビジネスで成功している企業が多くのNGOと協働している例など、具体的な事例もいろいろあるが、このCSVは経営戦略の新しい領域で、まだまだ発展の余地があり、ステークホルダー・エンゲージメントは、そのための重要なプラクティスである。
以上のように、ステークホルダー・エンゲージメントは、戦略的に行うことにより、長期的な企業価値の向上に結び付けることができる。冒頭のドミニク・バートン氏が述べている長期資本主義に向け世界が動いていく中、成功する企業は、よりオープンで、より積極的にステークホルダー・エンゲージメントを行う企業である。ここは、日本企業が明らかに海外企業に遅れをとっている領域でもあるので、我々としても、企業とステークホルダーを繋げる役割を積極的に行っていきたいと考えている。