製薬および医療機器企業のCSV(Creating Shared Value)
今回は、ハーバード大学のマイケル・ポーター教授などが創設したノンプロフィット・コンサルティングファームのFoundation Strategy Group(FSG)が最近発表した製薬および医薬機器企業のCSVに関するレポート”Competing by Saving Lives: How Pharmaceutical and Medical Device Companies Create Shared Value in Global Health”を紹介します。
CSV(クリエイティング・シェアード・バリュー)は、「共有価値の創造/共通価値の創造」とも訳されますが、本ブログでも紹介しているとおり、企業価値と社会価値を両立させる経営フレームワークです。
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製薬・医療機器企業の場合は、事業自体の目的が、人々の生命や健康を守ることにあるため、適切に事業を行っていれば、企業価値と社会価値を両立させることにつながります。
しかし、CSVは、これまでの企業活動では十分対応できていない社会課題を解決する視点を提供するための経営フレームワークであり、製薬・医療機器企業がCSVの対象とすべき社会課題としては、「途上国の医療事情の改善」があります。
FSGのレポートでは、グローバル製薬・医療機器企業による、最近の「途上国の医療事情改善」のための取り組みを、CSVの3つの方向性にもとづき整理しています。
CSVの方向性①:「社会課題を解決する製品・サービスの提供」
途上国の医療事業を改善する製品・サービスを提供するためには、以下が必要です。
①-1:これまで十分な開発費が投入されていなかった、途上国特有の疾病に対するR&Dの推進
①-2:製品の簡素化などによる、既存製品のコスト削減
①-3:現地事情に合わせた価格や製品利用環境のカスタマイズ
①-1の例としては、第一三共とインド子会社ランバクシーによる結核、マラリア、テング熱のR&Dなどが、①-2の例としては、本ブログでも紹介した、GEがリバースイノベーションで開発した、1,000ドルの携帯型心電計などがあります。
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①-3の例としては、グラクソスミスクライン(GSK)が、後発開発途上国において、特許で保護された医薬品の価格を英国の価格の25%以下に引き下げている、などがあります。
CSVの方向性②:「社会課題解決とバリューチェーン強化の両立」
途上国の医療事業を改善しつつ、自社のバリューチェーンを強化する取り組みとしては、以下があります。
②-1:地元研究機関や他社などと協働したR&Dによるコストとリスクの軽減
②-2:地元での生産やサプライチェーン構築によるコスト削減
②-3:現地の市場浸透や患者ニーズに適した販売チャネルの構築
②-1については、ファイザーとGSKが共同で企業を設立し、HIV薬を開発している例など、②-2については、バイオ製薬企業のギリアド・サイエンシズが、HIV薬成分の生産をインドの12社にライセンスし、供給リスク軽減と競争を通じたコスト削減を実現している例など、②-3については、アボットが、インドの小都市や地方市場に浸透するため、地元で販売員を採用・育成している例などがあります。
CSVの方向性③:「社会課題解決を通じたクラスター強化」
途上国の医療事情改善の障害となっている社会課題を解決しつつ、自社の事業競争基盤としてのクラスターを強化する取り組みとしては、以下があります。
③-1:疾病などの啓発活動を通じた医療ニーズの創出
③-2:医療サービスの提供に必要な仕組みやチャネルの構築・強化
③-3:政策や規制などの強化を通じた医療ニーズの創出
これらについては、以前ブログで紹介したノボ・ノルディスクが、糖尿病薬を中国市場で展開するにあたって、患者や医療従事者の啓発活動(③-1)、医療従事者のトレーニング(③-2)、中国政府などと協働した治療方法ガイドラインの策定(③-3)を行っています。
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ノボ以外にも、イーライリリーがインドで糖尿病啓発活動を実施、アストラゼネカがケニアで医療従事者に乳がん治療のためのトレーニングを実施するなど、各企業のグローバル戦略に応じて、様々な活動が行われています。
また、FSGのレポートでは、以上のようなCSV戦略(WHAT)を実践するためのHOW論として、5つの原則を挙げています。
原則1:CEOとローカルレベルでのリーダーシップ
これまで先進国中心に事業を行ってきた企業が、CSV視点を持ちつつ、途上国ビジネスを強化するという大きな方向転換をするためには、トップの強いリーダーシップが必要です。また、途上国の状況をよく理解し、それに適したCSV戦略を実践するためには、ローカルレベルでのリーダーシップも重要です。
原則2:イノベーションと学習の風土と仕組み
CSVは新しい試みであるため、その実践を促すイノベーションと学習の風土と仕組みがあることが重要です。また、イノベーションと学習を行いつつCSVを実践する体制としては、クロスファンクショナルチームや独立のイノベーション組織が考えられます。
GEのヘルシーマジネーションなどは、クロスファンクショナルなイニシアチブとして推進されていますし、独立した組織としては、ノバルティスの”Social Business Group”やGSKの” ”Developing Countries and Market Access group”の例があります。
原則3:社会価値と企業価値の関係を測定するアプローチ
CSVを本格的に推進するためには、その活動への投資を正当化するため、社会価値の創出が企業価値の創出に結び付くことを数値で表すことが望ましいのは、間違いありません。GEやノボ・ノルディスクは、CSV活動の社会価値と企業価値を算出し始めています。
私も何度か、製品の社会価値の試算を行っていますが、一定の前提条件を立てて意思決定に役立つだけの試算を行うのは、それほど難しいことではありません。
原則4:CSVに適したスキルの育成
CSV活動推進のためには、経営や事業のことも分かり、社会への意識も高いハイブリッドな人材が求められます。
ノバルティスやGSKでは、途上国での課題解決を考えさせるリーダー育成プログラムを実施しています。また、ファイザー、アボット、イーライリリー、GSKなど多くの製薬企業が途上国で自社のノウハウ・スキルを活かしたボランティアプログラムを実施していますが、これもCSV人材の育成に役立っています。
原則5:新しいパートナーシップ
途上国でCSV活動を行うためには、現地事情の理解のため、課題解決に向けた情報入手と洞察のため、活動の推進のため、資金調達のため、などに現地政府、国際機関、NGO/NPO、財団などとのパートナーシップが必要です。
パートナー候補としては、企業による途上国の疾病のためのR&Dを長年に亘り支援しているPATHというNPOがありますし、The Clinton Health Access Initiative(CHAI)は、抗レトロウイルスや抗マラリア薬の生産コスト削減を支援しています。こうした様々なパートナーと協働することは、途上国でのCSV活動に不可欠と言えるでしょう。
以上のようなWHATとHOWを、多数の事例を交えつつ述べた後、FSGのレポートは、
途上国が製薬企業にとっての新しい成長市場になるとの前提で、「CSVの意義を適切にステークホルダーに伝えること」「新市場のノウハウを獲得しシェアすること」「他業界に先んじて社会価値と企業価値の両立を測定すること」「早く動いてファースト・ムーバー・アドバンテージを獲得すること」という企業へのレコメンデーションで締めくくられています。
FSGのレポートは、「製薬・医療機器業界による途上国の医療事情の改善」というテーマに絞ったものですが、CSVのエッセンスや実例が豊富に詰め込まれており、他業界や他の課題への対応にも参考となります。
グローバルの製薬・医療機器企業という一部セグメントとは言え、CSV活動はかなり進んでいます。日本企業も、“社会的使命のために事業を行う”という本来持っていた良さを思い出し、新しい時代の競争力を身に付けていくことを期待します。
(参考)
”Competing by Saving Lives: How Pharmaceutical and Medical Device Companies Create Shared Value in Global Health” by FSG
www.fsg.org/tabid/191/ArticleId/557/Default.aspx?srpush=true
産業革新機構とソーシャルイノベーション - 水上武彦のサステナビリティ経営論 | 2013.02.18 8:17
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