知識創造理論による社会課題解決イノベーション -エーザイの事例-

2012-06-21 08:45 am

前回は、「社会課題と解決策の新しい組み合わせ」である社会課題解決イノベーションを生み出す社会課題解決イノベーターについて述べました。今回は、社会課題解決イノベーションの具体的な方法論について考察してみたいと思います。

社会課題解決イノベーションを生み出すためには、「社会課題を良く理解すること」と「社会課題解決に向けて様々なアイデアを組み合わせること」が必要です。

そのための方法論として、知識創造理論とそれを実践するエーザイの事例は参考になります。

知識創造理論とは、知識を組織的に創造する方法を示したもので、SECIモデルというフレームワークに落とし込まれています。SECIとは、共同化 (Socialization)、表出化 (Externalization)、連結化 (Combination)、内面化 (Internalization)の頭文字を取ったもので、個人やグループが持つ暗黙知を対話や経験を通じて組織として共同化(共有)し、共有された暗黙知を具体的な言葉でコンセプト化し形式知として表出化、形式知を組み合わせてソリューションを導く新しい形式知として連結化し、利用可能となった新しい形式知を個人が実践する内面化するという4つのプロセスを示しています。

SECIモデルを社会課題解決イノベーションに応用すると、社会課題の現場に赴いたり、NPO/NGOや専門家との対話を通じて社会課題を暗黙知として理解し(共同化)、社会課題に対する解決策を議論できるよう形式知として整理・構造化し(表出化)、組織内外のあらゆる知識を総動員して解決策を導き(結合化)、社会課題の現場で具体的に実践する(内面化)というプロセスになります。

このSECIモデルを実践しているのが、製薬会社のエーザイです。

エーザイは企業理念で、「本会社の使命は、患者様満足の増大であり、その結果として売上、利益がもたらされ、この使命と結果の順序が重要と考える。」と謳い、患者というステークホルダーを最重視する考え方を実践するものとして、「業務時間の1%を患者様とともに過ごす」ヒューマン・ヘルスケア(hhc)活動を実践しています。

hhc活動では、患者と過ごすことにより得た暗黙知から組織としての新しい価値を生み出すためにSECIモデルを応用しています。

現場に赴いた社員が、患者やご家族と過ごすことを通じてぼんやりした課題を感じ取る。それを会社に持ち帰って組織内で議論し、課題を普遍化する。その課題に対して、他の部署も巻き込みながら対応策を磨き上げて、一人ひとりが現場で実践する。そうしたプロセスを確立しています。

また、こうしたプロセスを効果的に機能させるため、hhc活動を推進する専門組織「知創部」の設置、hhc活動成果の人事評価への反映、現在の活動および過去の優れた事例などのイントラネットでの共有、有望な取り組みの表彰、サーベイによる知識創造理論の浸透度の確認など、いろいろな工夫をしています。

こうしたhhc活動からは、例えば、エーザイの主力製品であるアルツハイマー型認知症の治療剤「アリセプト」について、以下のようなイノベーションが生み出されています。

1つは、介護施設を訪れていた研究員が、もともと錠剤が小さくて飲みやすいはずのアリセプトを患者がさらに細かく砕いてご飯にかけて食べさせてもらっているのを目撃し、「ご飯を食べていた患者は錠剤が小さくても飲み込めなかったのだろう」と考え、さらに飲みやすい口の中で解ける口腔内崩壊錠を開発した例。

もう1つは、液体剤の開発を上司から命じられていた研究員が、介護施設を訪問し、認知症患者の多くが飲食物をうまく飲み込めないことを知り、いろいろと観察や検討を重ねる中、認知症になって以来、水も飲んでいなかった患者がゼリーを飲み込んでいるのを目の当たりにし、ゼリー製剤を開発した例。

こうしたエーザイの取り組みは、社会課題解決イノベーションを組織的に実践するにあたって、非常に参考になります。自社のミッションに沿った社会課題の解決に組織的に取り組む企業とっては、SECIモデルは試してみる価値のあるフレームワークです。

(参考)

「知識創造企業」野中郁次郎、竹内弘高著(東洋経済新報社、1996年)

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