志と戦略性 -カーシェアリングの事例から-

2012-07-30 08:19 am

CSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)の3つのアプローチのうち、世界を変えるポテンシャルが最も大きいのは、「社会課題を解決する製品・サービスの提供」です。

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しかし、現在のところ、「社会課題を解決する製品・サービス」は、顧客の社会貢献意識に訴えかけるだけでは、十分な市場を創造することはできません。企業の環境配慮製品なども、環境配慮だけでなく、価格、機能など必要な顧客購買要因(KBF=Key Buying Factor)も併せて満たす必要があります。

カーシェアリングは、車の製造に必要な鉄鋼、ゴム、ガラスその他の原料を減らすとともに、必要なときのみ車を使用するというライフスタイルを定着させ、ガソリン消費やCO2排出を減らす、環境に優しいサービスです。一方で、特に大都市では、駐車場、税金や保険などの高い保有コストを支払いつつ、車を利用するのは週末のちょっとした外出のみ、といった人も多く、費用対効果の面でも、顧客に十分訴求するサービスです。

カーシェアリングの代表的企業と言えば、米国を中心に急成長しているジップカーです。ジップカーの創業者は、熱心な環境保護主義者であるロビン・チェイスです。かねてから米国人の車中毒を憂いていたロビン・チェイスは、1999年、「米国人の環境問題への意識を変える」という志を持ってカーシェアリング事業をスタートしました。

MITスローン・スクールでMBAを取得しているチェイスは、インターネットで簡易に予約、清算できるビジネスモデルを描き、ベンチャー投資家から1,300万ドルを調達しました。その上で、環境問題に高い関心を持つ都会の若者たちのあいだで話題になるように、ジップカーの社会的役割を強調したマーケティングを行うなどしましたが、十分な市場を創造することはできず、チェイスは、2003年、「このCEOは、まっとうな投資収益より世界の救済のほうが大事だと考えているのではないか」と懸念する取締役会に解任されてしまいます。

チェイスの後任には、ハイテク分野の新興企業立ち上げや、戦略ファーム、投資会社の経験がある戦略的な人物であるスコット・グリフィスが選ばれました。グリフィスは、「これまではどうすれば利益が上がるかを真剣に考えていなかった」とし、カーシェアリングを熱心な環境保護主義者以外にも訴求するため、ジップカーが都会に暮らす人々の日常生活を向上させることを強調しようとしました。そして、まずどこかの都市でこのビジネスモデルが成り立つことを証明する必要があると考え、ジップカーを知っているが、何らかの理由で会員になっていない人たちを集め、彼らの声に注意深く耳を傾け、彼らを躊躇させている顧客購買要因(KBF)を突き止めようとしました。

その答えは、「密度」でした。顧客は、「家から歩いて5分以上かかるなら、わざわざ借りたりしない」のです。グリフィスは、若者やハイテクに詳しい人、環境への関心が高い人、倹約家といった典型的な会員が多く暮らす都市近郊の数カ所で、密度の高いサービスを提供しはじめました。限定した地域で「即座に乗れる密度」を実現した結果、ジップカーは急成長し、現在に至ります。

このジップカーのストーリーから、「社会課題を解決する製品・サービス」で本当に世界を変えようと思うなら、「志」に加え「戦略性」が必要だということが分かります。

最近は、社会起業家など、志を持った人々も増えています。そうした人々が本当に世界を変えるためには、「社会課題を解決する製品・サービス」をより多くの顧客に届ける「戦略性」が必要です。場合によっては、チェイスとグリフィスのような、「志」を持った人材と「戦略性」を持った人材が力を合わせ、社会課題を解決しつつ利益を上げるビジネスモデルを描き、事業を拡大していくことも必要でしょう。

(参考)

「ザ・ディマンド」エイドリアン・J・スライウォツキー著(日本経済新聞出版社、2012年)

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