パラダイムについて

2012-01-29 10:28 am

パラダイムとは、「ある時代や分野において支配的規範となる物の見方や捉え方」である。

パラダイムについては、未来学者のジョエル・バーカー氏が、「パラダイムの魔力」(1995年、日経BP出版センター)で、経営戦略の視点から、様々な事例を示しながら解説しているのが分かりやすい。同書では、

「蓄音機に、商業的価値はまったくない」(トーマス・エジソン)
「俳優の声を聞きたいと思い人など、いるわけがない」(ハリー・ワーナー)
「世界で、コンピューターの需要は5台くらいだと思う」(トーマス・ワトソン(IBM会長))
など、極めて有効な人でもパラダイムに囚われてしまう例、

「ソニーがCDの開発に向けて、LPレコードのサイズというパラダイムに囚われ、30センチで18時間録音できるディスクにどんな音楽を入れるべきか悩んだ」
「大手写真会社は、現像液や暗室のない写真技術を理解できず、後にゼロックスが開発したコピー機を開発する機会を逃した」
「チェルノブイリの原発技師たちが、原子炉は爆発しないと思い込んでいたため、原子炉力は無事であると判断し、大量に被爆して死亡してしまった」
など、パラダイムのインパクトについての具体的事例がいろいろ示されている。

そして、パラダイムを払拭するためには、新人やアウトサイダーなどの異なる視点に耳を傾けることが重要であると訴えている。

「パラダイムの魔力」では、1960年代に世界シェア80%以上を誇っていたスイスの時計産業が、ぜんまいもベアリングもないクオーツ時計の可能性を理解できなかったのに対し、日本企業がクオーツに飛びついた例、1960年代に低品質、粗悪品の代名詞だった日本製品が、1980年代には高品質の代名詞となったことなど、日本企業を礼賛している。

日本は、明治維新後や戦後から高度成長期にかけては、アウトサイダーの視点を持っていた。外国に追いつくため、外国で発明されたものを新鮮な目で学び、独自の工夫を加えて良いものを作り上げていった。「パラダイムの魔力」が著された1993年頃は、まだ日本が輝きを持っていた時代だ。しかし、丁度その頃から、日本はインサイダーとなり、多くのパラダイムに囚われるようになった。

本ブログでは、日本が抱える様々な課題について、パラダイムの観点から考察するとともに、現在起こっている「大量生産・大量消費社会から持続可能な社会へ」というパラダイムシフトにどう対応していくかについて、考察していきたい。

PS. その他、「パラダイムの魔力」で印象に残った言葉。
「権威ある高齢の科学者が、何かが可能だと言うとき、それはほとんど正しい。何かが不可能だと言うとき、それは多分、間違っている」(アーサー・クラーク(SF作家))
「違うパラダイムをもつ人と話をするときは、違う言葉をもつ人と話をしていると思わなければならない。相手の言葉がわかるようになるまで、明確に意思の疎通をはかることはできない」(トーマス・クーン(科学史家))

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