知見・事例
「"攻め"のステークホルダー・エンゲージメント」を組織的に追求する企業(1/2)
- 高山 千弘 氏(エーザイ株式会社 理事、知創部 部長、医学博士)
※役職は取材当時のものとなります
実施年月日 | 2011年5月12日 |
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聞き手 | 株式会社クレアン コンサルタント 水上 武彦 |
1."攻め"のステークホルダー・エンゲージメントとは?
企業とステークホルダーは、相互に影響を及ぼし合っている。CSRのコンテクストでは、企業によるステークホルダーへの悪影響の緩和という面が強調されることが多いが、企業経営にとって重要なのは、ステークホルダーによる企業への影響である。
例えば、環境や人権に関して社会に悪影響を及ぼすことが、NGOからのネガティブキャンペーンにつながらないように配慮する、取引先の品質問題が企業の評判に悪影響を及ぼさないように配慮する、などステークホルダーから企業への悪い影響の発生を未然に防ぐことは、企業の経営上重要である。ステークホルダーとの対話を通じて、こうした悪影響の発生を防ぐ活動を"守り"のステークホルダー・エンゲージメントと言う。
一方、ステークホルダーから企業への良い影響を創り出す活動は、"攻め"のステークホルダー・エンゲージメントと言われる。分かりやすい例としては、従業員との対話がモチベーションを向上させ、従業員の生産性をアップさせる、サプライヤーとの対話・協働を通じて原材料の品質向上や安定調達を実現する、などがある。
"攻め"のステークホルダー・エンゲージメントとして最近注目されているのが、お客さまや社会との対話を通じたイノベーションの創出である。
これを組織的に実践している企業として、エーザイをご紹介させて頂く。
守りののステークホルダー・エンゲージメントと攻めのステークホルダー・エンゲージメント
2.イノベーションを生み出す患者との時間
エーザイはその企業理念で、「本会社の使命は、患者様満足の増大であり、その結果として売上、利益がもたらされ、この使命と結果の順序が重要と考える。」と謳っている。この患者というステークホルダーを最重視する考え方を実践するものとして、「業務時間の1%を患者様とともに過ごす」ヒューマン・ヘルスケア(hhc)活動がある。
患者に対する価値を生み出すには、患者の困りごと、患者のニーズを把握することが欠かせない。しかし、製薬会社は、製品の販売先が医療機関や薬局で、製品を実際に利用する患者からの声が集まりにくいという課題があった。会社として最も重視するステークホルダーと直接対話する機会がなかったのだ。
そこで、エーザイは、hhc活動を開始し、半強制的に社員が患者と対話する機会を創り出した。その結果として、患者のニーズに応え、患者にとっての価値のある多くのイノベーションが生み出された。
例をあげると、エーザイの主力製品であるアルツハイマー型認知症の治療剤「アリセプト」では、以下のようなイノベーションが生み出されている。
1つは、介護施設を訪れていた研究員が、もともと錠剤が小さくて飲みやすいはずのアリセプトを患者がさらに細かく砕いてご飯にかけて食べさせてもらっているのを目撃し、「ご飯を食べていた患者は錠剤が小さくても飲み込めなかったのだろう」と考え、さらに飲みやすい口の中で解ける口腔内崩壊錠を開発した例。
もう1つは、液体剤の開発を上司から命じられていた研究員が、介護施設を訪問し、認知症患者の多くが飲食物をうまく飲み込めないことを知り、いろいろと観察や検討を重ねる中、認知症になって以来、水も飲んでいなかった患者がゼリーを飲み込んでいるのを目の当たりにし、ゼリー製剤を開発した例。
このようにステークホルダーと接すること、ステークホルダーと対話することは、イノベーションの創出につながるのだ。
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