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持続可能なサプライチェーンの実現に向けた中小サプライヤーにおける「ビジネスと人権」の取り組みとは

持続可能なサプライチェーンを構築していく上での課題の一つに、中小サプライヤーにおいて「ビジネスと人権」の考え方や具体的取組みをいかに普及・浸透させていくかという点があります。本記事では、中小サプライヤーにおける「ビジネスと人権」の取り組みについて、弊社コンサルタントと、外部専門家である社会保険労務士の先生より解説します。

中小サプライヤーにおける人権リスクの低下に向け、発注者である大企業(バイヤー)ができること

伊藤雅和
(株式会社クレアン コンサルタント)

1. 中小企業における「ビジネスと人権」の取り組みとは

中小企業においては、人権リスクの中でも特に従業員の労働条件・労働環境におけるリスクが最も重要であると言えます。具体的には、長時間労働、ハラスメント、危険・不衛生な労働環境はもとより、職場の人間関係の悪さ、個人の責任の重さや慣れない業務への変更なども、程度が強ければ従業員の心身の健康を悪化させる可能性があり、結果的に休職・離職、ひいては長期にわたる就業能力の低下・生活水準の低下につながり得るという意味で、大きな人権リスクがあります。こうした人権リスクは、企業側の観点では、従業員への安全配慮義務を怠ったことによる法的責任のほか、労働生産性の悪化、人材不足のさらなる深刻化とそれによる業務品質の低下や事業継続上のリスクにもつながり得ます。これらは大企業でも同様に起こり得ますが、特に少人数で運営している中小企業において問題が一層顕著になりやすいと言えます。

一方で、こうした問題は、個人が仕事の意義ややりがいを感じ、適性のある業務に一定の裁量をもって行えており、職場での助け合いや上司のリーダーシップがあり、公正な人事制度や経営層への信頼感などがあれば、それらが有る種の「緩衝材」となって、従業員の心身の健康の悪化・人権リスクの深刻化を防止軽減させることにもつながります。つまり、中小企業において「人権尊重の取り組み」とは、実質的には「働きやすい職場環境づくり」であると言っても過言ではありません。中小サプライヤーに人権尊重の取り組みを働き掛ける際にも、それが「従業員の働きやすい職場環境づくり」であり人材確保や品質向上・企業価値向上につながる取り組みであることを説明していけば、相手側も理解しやすく、また、「持続可能なサプライチェーンの構築」の観点でWin-winな取組みにつながりやすいと考えられます。

2. 中小サプライヤーの人権リスク低減に向けた、バイヤー企業からの働き掛けについて

中小サプライヤーに対して何をどこまで求めるかについては、法令順守がベースになります。これは、中小企業においては、多岐に渡る労働法令を最初から完全に順守できる企業は少ないのが現状であるからです。SAQアンケートだけでは問題の確認を行いにくいため、アンケート結果が悪かったサプライヤーに対して、優先的にヒアリングや可能であれば監査などを行い、問題点が確認されればその改善を働き掛ける必要があります。

さらに、法令順守を超えた「働きやすい職場環境づくり」の観点では、人権方針・人権デューデリジェンス・救済窓口などが課題となりますが、形式的に体制を整備するのではなく、中小企業の特性(例えば、経営者と従業員との間の距離が近くコミュニケーションを取りやすい、といったこともある)を生かして、働きやすい職場環境を実現するための重要な点にフォーカスした実質的に効果のある取り組みを、個々のサプライヤーの状況に応じて行ってもらうよう働き掛けていくことが重要です。

例えば人権デューデリジェンスであれば、経営者と従業員が集まるミーティングなどで、業務上の気づき・改善点・問題点について従業員の声を聞く場を設け、その中で労働環境の問題についても議論して、その結果を職場環境の施策に反映していけば、実質的な効果を得ることが可能です。また、労働安全面について、定例の朝礼などで「ヒヤリハット」報告を行って対策につなげているとか、零細企業でなければ「ストレスチェック」結果の集団分析も職場環境の問題抽出・リスク軽減施策の検討に活用可能なので、そうした既存施策を人権デューデリジェンスの取り組みとして位置づけ直すことも可能です。

このように、「ビジネスと人権の体制」を形式的に求めるのではなく、その会社の業種業態なども踏まえて実質的な改善につなげてもらう視点で働き掛けていくことが重要です。具体的には、個々のサプライヤーとの面談を通じた働き掛けが最も効果的ですが、リソースの制約を考えると、例えば、サプライヤー行動規範の「解説書」などで上記のような実質的な改善に資する取り組みについて紹介することや、SAQアンケートにおける質問内容や聞き方を工夫することによってサプライヤーにそうした取り組みを促したりすることなども考えられます。

外部専門家からの寄稿

中小サプライヤーにおける人権面での課題や取り組み、それらを踏まえた大企業(発注企業)に求められる点について、外部専門家からの寄稿を紹介します。

中小企業における「ビジネスと人権(BHR)」の実装
― 対話を通じた継続的改善 ―

BHR推進社労士 烏𦚰直俊

1 はじめに

近年、ビジネスと人権(Business and Human Rights:BHR)への関心は高まり、大手企業では人権方針の策定や人権デュー・ディリジェンス(人権DD)の取組が進んでいます。一方、サプライチェーンを支える中小企業では、「人権は大切だと思うが、何から始めればよいのか分からない」という声を耳にすることが少なくありません。

私は、中小企業におけるBHR実装を支援する中で、中小企業におけるBHRの実装とは、何も特別なことではなく、自社の経営課題に応じた継続的な改善を積み重ねていくことだと考えるようになりました。なぜなら、中小企業が抱える経営課題とBHRは不可分の関係にあることが非常に多いからです。それゆえ、企業自身がBHRを自らの経営課題として理解し、主体的に取り組むことが重要です。

2 BHR実装の出発点
― コンプライアンスの再理解 ―

中小企業におけるBHR実装の出発点の一つとして重要なのがコンプライアンスです。多くの中小企業では、「人権」と言われても具体的な取組をイメージすることは容易ではありません。しかし、労働関係法令をはじめとするコンプライアンスをBHRの視点から捉え直すことで、法令は単なる義務ではなく、人権リスクを低減するための基盤であることが理解できます。

なぜ労働時間を管理するのか。なぜ安全衛生を徹底するのか。なぜハラスメントを防止するのか。その背景には、働く人の生命、健康、尊厳を守るという人権の考え方があります。

私は、実際に中小企業の経営者や担当者との対話を重ねる中で、この「法律の背景にある人権尊重の目的や意味」を共有することが、BHR実装への理解を深める重要な第一歩であると実感しています。

3 BHR実装を支える対話

私が実際の対話で心掛けているのは、経営者が抱えている経営課題を丁寧に伺い、その背後にある原因を一緒に考えることです。BHRの視点から見れば、解決の糸口が見えてくることがあります。大切なのは、こちらが答えを押し付けることではなく、経営者自身に納得していただくことです。そして、できるところから一歩ずつ改善を始めてもらう。そのお手伝いをすることが、私自身のBHR実装支援だと考えています。

例えば、なぜその問題が発生したのか、その背景にはどのような原因があるのか、未然に防ぐためには何が必要なのか、そして、なぜコンプライアンスが重要なのか――こうした点について率直に意見交換を重ねることで、企業自身が課題を自分事として捉え、継続的な改善につながっていくと感じています。

私は、SAQやアンケートも、単なる評価や確認のためのものではなく、対話を深めるための入口として活用することが大切だと考えています。SAQやアンケートをきっかけに課題を整理し、対話を重ねることで、中小企業が主体的な改善へ取り組む契機となることを期待しています。

このような対話を積み重ねることで、中小企業は自らの課題を理解し、主体的な改善へ取り組み始めます。その結果として、職場環境の改善、働く人の安心・安全の向上、さらには取引先との信頼関係の構築へとつながっていきます。

4 おわりに

これまで述べてきたような実践を通じて、私が強く感じているのは、中小企業のBHR実装を大きく前進させる鍵となるのが、発注者である大企業(以下、「バイヤー」とする)とサプライヤーとの対話であるということです。BHRの理念に照らしても、バイヤーがサプライヤーへ働きかけ、対話を通じて継続的な改善を促すことは、サプライチェーン全体に人権尊重を浸透させる上で極めて重要な役割を果たします。

現実には、すべてのバイヤーが個々のサプライヤーに対し、このような対話や伴走支援を行うことは容易ではありません。そのため、バイヤー、サプライヤー、そして必要に応じて専門家が、それぞれの役割を担うことが重要になります。

バイヤーは、サプライチェーン上の人権リスクをサプライヤーと共有し、継続的な改善を後押しします。サプライヤーは、自社の経営課題として受け止め、主体的な改善へ取り組みます。そして、専門家は、その対話や改善のプロセスを支援します。それぞれが役割を果たすことで、サプライチェーン全体へのBHRの浸透が進んでいくのではないでしょうか。

私は、中小企業のBHR実装は制度やチェックリストだけで進むものではなく、人と人との対話を積み重ねながら、それぞれが自らの役割を果たしていくことで初めて前進すると考えています。今後も多くの企業との対話を重ねながら、中小企業におけるBHR実装のあり方をさらに検証し、サプライチェーン全体へのBHRの浸透に貢献していきたいと考えています。

<プロフィール>
烏𦚰 直俊
烏𦚰社会保険労務士事務所 代表

中小企業における人権方針の策定、人権デューデリジェンスの実装、外部相談窓口を担当するなど、ビジネスと人権(BHR)の実装支援を専門とする。対話を重視した継続的改善を通じ、人権尊重が企業活動に定着する仕組みづくりに取り組んでいる。

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