知見・事例
持続可能なサプライチェーンの実現に向けた中小サプライヤーにおける「ビジネスと人権」の取り組みとは
―中小サプライヤーの取り組みを促すための大企業同士の連携について―
持続可能なサプライチェーンの実現に向けて、大きな可能性がある取り組みの一つに、同じ業界内の大企業同士が連携して中小サプライヤーに「ビジネスと人権」の取り組みを働き掛けていくということがあります。
本記事では、中小サプライヤーにおける人権の取り組みを促すための業界内の企業同士による連携について、弊社コンサルタントと、外部専門家である社会保険労務士の先生より解説します。
中小サプライヤーにおける人権リスク低減に向けた、
業界他社との連携について
伊藤雅和
(株式会社クレアン コンサルタント)
1. 中小サプライヤーにおける人権リスク低減に向けたエンゲージメントについて
中小サプライヤーの人権リスクを低減するには、エンゲージメント(対話)を通じて現状を確認し、認識を共有し、改善を働きかける必要があります。
しかし、実際にバイヤー側の企業がエンゲージメントを行えるサプライヤーの社数には限界があり、エンゲージメントできないサプライヤーにおいては人権リスクの存在が見逃されてしまう可能性があります。
特に中小サプライヤーは一般的に社数が多い場合が多く、リスクが高いと思われる中小サプライヤーに対して網羅的にエンゲージメントを行うには限界があります。こうした問題は同じ業界内のバイヤー企業に共通していますが、それらの企業同士が連携してサプライヤーとのエンゲージメントを行えば、より効果的かつ効率的に実施できる可能性があります。
2. 中小サプライヤーとのエンゲージメントに向けた業界連携の事例
中小サプライヤーとのエンゲージメントにおける業界連携の事例として、一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)のサステナブル調達パートナーシップ(SPP)があります。
SPPはJEITA加盟企業である電機・電子業界の大企業とそのサプライチェーン上の中小企業をつなぐ業界横断型のプラットフォームで、大企業が協働して中小企業に対して教育・啓発、実践支援、対話や連携の場をつくり、業界全体のサステナブルなサプライチェーン構築を目指しています。またこれにより、業界全体での底上げを目指しています。
具体的には、2024年、2025年と、「トライアル」の位置づけで、参加する中小企業8社を対象に、人権方針策定から人権デューデリジェンスの実施まで、バイヤー企業である大手電機メーカ8社が事務局となって伴走支援を行われています。
この活動内容について、国際労働機関(ILO)が、「サステナブル調達パートナーシップ 業界全体での取り組みと中小企業の行動事例集」(2026年3月)として資料にまとめています。この資料の中で、SPPに参加した中小企業が人権に取り組むようになったきっかけが記載されていますが、示唆に富む内容と思いますので紹介させていただきます。
例1)S社(従業員数約100名、電着塗装、金属塗装、板金加工など)
取組のきっかけ:
同社では、従業員が人種・ジェンダー・雇用形態・体格差にかかわらず、バリアフリーの状況(包摂的で差別のない環境)で働ける職場を目指しており、属性による差別のない賃金制度の実施、工場の労働安全衛生設備の整備(熱中症対策のため、工場内の温度を下げる・涼しい作業着の提供・水分の提供)、社宅の提供などを行ってきた。こうした取り組みを、ビジネスと人権や責任ある企業行動という形で体系化・書面化することによって、全従業員に分かりやすく理解してもらえると考えた。
例2)M社(従業員数約100名、電子部品、板金塗装)
取組のきっかけ:
差別やハラスメントなどが従業員のウェルビーイングや安全で尊重される就労環境に負の影響を与え、それにより従業員が十分な能力を発揮できていないとの問題意識を背景に、人権尊重に基づく責任ある企業行動に本格的に取り組み始めた。大きなきっかけとなったのは、差別やハラスメントの相談窓口の設置などを通じて離職率の低下や従業員の力の発揮につながった経験である。
3. SPPの取り組みから得られる示唆
SPPの事例においては、「業界全体のサステナブルなサプライチェーン構築」「業界全体の底上げ」を目的・目標として取り組んでいることが分かります。
このように、業界連携による取り組みを行うにあたっては、「そもそも何のために行うのか」「業界連携によって何を目指すのか」について、参加する企業間での共通認識を明確にしておくことが極めて重要であると考えられます。
また、参加した中小企業が人権に取り組むようになったきっかけとして、既に行っている職場環境整備の取り組みを従業員に分かりやすく理解してもらいたいと考えたことや、従業員の声を聞く仕組みを設置したことが従業員の定着や育成につながったことなどが挙げられています。
これらは、中小企業における人権の取り組みが、働きやすい・働き甲斐のある職場環境づくりであること、また、従業員の定着や育成につながるべき取り組みであることを、示唆しているように思われます。
中小サプライヤーの人権リスクに関しては様々な側面があり、各バイヤー企業の考え方や対応のスタンスも多様なものがあります。
しかし、中小企業においては、人権に取り組むことが「働きやすい・働き甲斐のある職場環境づくり」や「従業員の定着や育成」と不可分・表裏一体のものであるということは、バイヤー企業として理解しておくべき点であると考えられます。
業界連携の取り組みを実行するのは簡単なことではありませんが、まずは、そうした認識を業界内の企業間で共有していくことが重要なのではないでしょうか。
外部専門家からの寄稿
(中小サプライヤーにおける人権面での課題や取り組み、それらを踏まえた大企業(発注企業)に求められる点について、外部専門家からの寄稿を紹介します。)
サプライチェーン上の中小企業における「ビジネスと人権」の実装
― 現場を動かす大企業の働きかけ ―
BHR推進社労士 後藤 しのぶ
1. 中小企業の「現在地」と取り組みを阻む3つの壁
2025年版中小企業白書によると、企業活動における人権尊重の重要性を認識している中小企業は9割を超えています。一方、重要性を認識している企業のうち、人権方針を策定している企業は9.6%にとどまっています。
この数字からは、多くの中小企業が人権尊重の重要性を理解している一方で、人権方針の策定など、具体的な取り組みには十分につながっていない現状がうかがえます。
その背景には、大きく3つの課題があると考えています。
一つ目は、リソース不足です。中小企業では、日々の業務や人手不足への対応に追われ、人権尊重の取り組みに十分な時間や人員を確保することが難しい状況があります。
二つ目は、専門用語や考え方の分かりにくさです。「ビジネスと人権」や「人権デュー・ディリジェンス」といった言葉は、中小企業にとって必ずしも身近なものではありません。具体的に何をすればよいのか、日々の労務管理や職場環境の改善とどう結びつくのかが分からず、最初の一歩を踏み出しにくい面があります。
三つ目は、SAQ(自己評価質問票)への対応です。取引先から求められるSAQについて、設問の意図が十分に理解できなかったり、課題を正直に開示することで取引に影響するのではないかという懸念があったりすることで、実態に即した回答が難しくなる場合があります。SAQは、本来、人権リスクを把握し、改善につなげるための手段です。しかし、回答すること自体が目的となってしまえば、職場に潜む課題を見過ごすことにもなりかねません。
こうした状況を踏まえると、中小企業に必要なのは、人権尊重の重要性を繰り返し伝えることだけではなく、自社の実務と結びつけ、何から始めればよいのかを具体的に示すことではないかと考えます。
2. 解決の鍵となる「対話」
中小企業における「ビジネスと人権」の取り組みは、必ずしも新しい制度や仕組みを一から構築することではありません。
例えば、長時間労働の是正、ハラスメント防止、労働安全衛生の確保、従業員の相談体制の整備など、すでに行っている労務管理や職場環境の改善も、人権尊重につながる重要な取り組みです。
これらを人権の視点から捉え直し、働く人の声にも耳を傾けながら、実態を確認して必要な改善を進めることが大切です。
その際に重要になるのが、発注企業である大企業からの具体的な支援と対話です。
前述のSPPでは、電機・電子業界の大企業が協働し、中小サプライヤーに対して、人権方針の策定や人権リスクの特定、苦情処理メカニズムの構築などを支援する取り組みを進めています。こうした取り組みは、中小企業が自社の課題を理解し、具体的な行動につなげるうえで、参考になる事例だと思います。
特に注目したいのは、サプライヤーとの対話を重視している点です。
SAQによって課題を把握することは重要ですが、回答内容を評価するだけでは、実際の改善につながらないこともあります。
例えば、長時間労働の問題があった場合には、その背景にある人員不足や業務の進め方、場合によっては発注条件なども含めて確認し、改善に向けた方法を共に考えることが必要になります。
私は、SAQを単なる評価の手段として終わらせず、サプライヤーとの対話のきっかけとして活用することが重要だと考えています。
バイヤーとサプライヤーが課題を共有し、それぞれの立場で何ができるかを考える。こうした対話の積み重ねが実効性のある人権尊重の取り組みにつながるのではないでしょうか。
3. 大企業からの働きかけに期待すること
サプライチェーン全体で人権尊重の取り組みを進めていくためには、大企業から中小サプライヤーへの働きかけが欠かせません。
私は、特に次の3つの点が大切だと考えています。
まず、課題の指摘にとどまらず、改善に向けて伴走することです。
人権リスクの把握や監査は重要ですが、中小企業の実情を十分に理解しないまま改善を求めても、対応が難しい場合があります。
大切なのは、できていないことを指摘するだけでなく、なぜ対応が難しいのかを理解し、何から着手すればよいかを一緒に考えることです。
次に、中小企業が行動を起こすきっかけをつくることです。
行動科学者BJ・フォッグが提唱した「フォッグ行動モデル」では、人が行動を起こすためには、「動機」「能力」「きっかけ」の3つの要素が重要とされています。
多くの中小企業には、人権尊重の重要性を理解するという「動機」がすでにある一方、実践に必要な知識やノウハウが不足していることも考えられます。
そこで、専門家による支援などで「能力」を補い、大企業からの働きかけが「きっかけ」となれば、具体的な行動につながりやすくなるのではないでしょうか。
例えば、業界共通の分かりやすいガイドの提供や勉強会の開催、相談機会の設定などは、中小企業が取り組みを進める上で有効な支援になると考えられます。
そして、1次サプライヤーの取り組みを通じて、支援の輪を広げることです。
大企業がすべてのサプライヤーに直接支援を行うことには、現実的な限界があります。そこで、まず1次サプライヤーが人権尊重の取り組みを理解し、実践できるようになることが重要です。その経験を生かして、今度は1次サプライヤー自身が2次・3次サプライヤーとの対話や改善を後押ししていくことが期待されます。
こうした取り組みを進めるためにも、業界内の大企業が連携して支援方法や実践事例を共有することには、大きな意義があると考えます。
一社だけでは難しい支援も、業界全体で取り組むことで、より多くの中小サプライヤーに広げていくことが可能になるのではないでしょうか。
4. おわりに
中小企業における「ビジネスと人権」の実装は、人権方針の策定やSAQへの回答だけで完結するものではありません。
大切なのは、従業員一人ひとりの人権が尊重され、安心して働ける職場環境をつくり、課題が見つかれば改善を重ねていくことです。
そのためには、中小企業自身が人権尊重を自社の経営課題として捉え、主体的に取り組むことが求められます。一方で、最初の一歩を踏み出し、取り組みを継続していくためには、バイヤーである大企業からの働きかけや支援が大きな後押しになります。
私は、特に大企業と中小企業が、課題を指摘する側と指摘される側という関係にとどまらず、対話を通じて共に改善を進める関係を築くことが重要だと考えています。
また、業界内の大企業が連携して中小サプライヤーを支援することは、個々の企業の人権リスクの低減に加え、サプライチェーン全体の人権尊重の取り組みを底上げすることにもつながります。
私自身も、BHR推進社労士として、労務管理の専門性と「ビジネスと人権」の視点を生かし、中小企業が人権尊重を特別な取り組みとしてではなく、日々の労務管理や職場環境の改善の中で実践できるよう、支援していきたいと考えています。
<プロフィール>
後藤 しのぶ
社会保険労務士法人 NTSパートナーズ 代表
大企業におけるサステナビリティ全般の企画・運営経験を経て、BHR推進社労士として活動。労務管理の専門性と「ビジネスと人権(BHR)」の視点を生かし、中小企業の実情に寄り添いながら、人権尊重の理念を現場での具体的な実践につなげる支援に取り組んでいる。
人権デューデリジェンスに関してより詳しい情報をお知りになりたい方・ご支援を希望される方は、以下のリンクからお問い合わせください。
