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サステナビリティの探求

マテリアリティと顧客・社会への中核的提供価値

荒木茂善(コンサルタント)

1. マテリアリティ開示に関わる社会の動き

現在、多くの企業がサステナビリティ開示の法規制等に対応するため、重要課題を特定し(以下、「マテリアリティ」と呼ぶ)、その課題に対応するためのガバナンス、戦略、目標、活動実績等の開示に着手しています。

マテリアリティの特定・開示を求める主な社会要請
年月 規制内容
2023年1月 EUで「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」が発行。サステナビリティ課題が自社に与える財務的影響と、自社が社会や環境に与える影響の両面から自社の重要課題を特定し、企業の情報開示を行うことを求めれている。
2023年1月 日本で内閣府令が改正され、有価証券報告書の開示項目に「サステナビリティに関する考え方及び取組」が新設された。この開示項目のうち「戦略」「指標及び目標」は、「重要性」を判断して開示テーマを選定することが求められている。※1
2025年3月 日本のサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が「サステナビリティ開示基準」を公表。同基準ではマテリアリティに基づいて企業報告を行うことを求めている。※2

2. マテリアリティに関連する企業の課題

マテリアリティは、株主・投資家に企業情報を開示する上で重要な要素となっています。そのため、企業のご担当者と話をさせていただくと、開示規制・基準に対応するためのテクニカルな側面への関心が非常に高まっていると感じる一方、「企業が持続的成長を実現するために中長期で取り組むべき重要課題」を明らかにした上で、特定したマテリアリティを戦略・計画に統合(目標・KPIの設定、経営資源の確保を含む)し、現場がモチベーションを持って課題解決に取り組める環境を生み出す(取り組む必要性の共有、評価システム、支援制度、など)という重要課題を特定した先にある本来の目的への関心が相対的に薄くなっていると感じることがあります。

そして、そのようなお客様では、マテリアリティに取り組む段階で、想定していなかった壁に突き当たったり、表面的な開示対応に留まっている、というお悩みを伺うことがあります。(例.サステナビリティ部門が役員と検討を重ねて重要課題を特定したが、一部の経営陣から理解が得られず、中長期戦略に統合できなかったり、関係部門の協力が得られず困っている。現場スタッフが課題への取り組みを自分事化できず、後回しにされたり、見せかけの成果を上げることに工数・予算が費やされている、など)

このような問題が生じる原因には、①「マテリアリティの特定」が情報開示の問題と捉えられたり、経営層や関係部門が関与して検討すべき経営テーマであることを担当部門が説明しきれず、経営層や関係部門を巻き込んだ本質的検討ができなかった、②中長期戦略とマテリアリティの検討部門が分かれていたり、検討のタイミングが合わず、戦略策定と連動した検討ができなかった、など様々あるようです。では、これらの課題に対処するにはどうしたら良いのでしょうか?

3. マテリアリティを考える上で重要な視点

マテリアリティと中長期戦略の検討を進める際には、主管部門と検討メンバーを可能な限り同じにしたり、マテリアリティと中長期戦略を一気通貫で検討するなど、押さえるべき要素があります。しかし、より重要な点は、重要課題となるテーマの多くは、企業がこれまで解決できなかったり、着手をためらってきた企業と社会の接点にある難度の高い新しいタイプの課題が多く、課題に取り組む必要性を経営陣と現場スタッフが理解し、関係者の協力が得られなければ、継続的な活動推進や本質的な課題解決は難しい、というシンプルな事実です。

そのため、「開示のために必要だから」という発想ではなく、変化の激しい現代社会で「自社が持続的成長を実現するために中長期で取り組むべき重要課題を社内外の視点を踏まえて検討するチャンス」であることを関係者と共有することが最初に必要です。その上で、経営層を中心に関係部門にも広く検討への関与を促し、マテリアリティを特定し解決する必要性と、解決した先にある企業の姿(ゴール)を、経営層や現場スタッフが共有し、関係者の理解・コミットメントが得られるように進めることが必要です。

また、マテリアリティと中長期戦略が本質的に連動していなければ、社内に異なるベクトルの戦略・マネジメント要素が生まれ、シナジーを生まないばかりか、現場でコンフリクトが生じて従業員が安心して課題解決に取り組めなくなります。では、中長期戦略とマテリアリティが持続的成長のドライバーとして連動するには、本質的に何が必要なのでしょうか?

それは、企業の将来にわたる価値創造の原動力となる「役員・従業員やステークホルダーが共感し、期待する企業の社会的存在意義(またはこれを明示した企業理念であるパーパス)を拠り所に、マテリアリティと中長期戦略を検討すること」です。

しかし、社会的存在意義が明確になっていない企業や社会的存在意義が抽象的で具体的な戦略・計画の検討に活用することが難しい企業も多いでしょう。そのような場合、次に検討すべきポイントは、その企業の「顧客・社会への中核的な提供価値の創出・変革に関わる課題」をマテリアリティと中長期戦略の検討に反映することです。

4. 顧客・社会への中核的な提供価値

「顧客・社会への中核的な提供価値」は、「バリュープロポジション(Value Proposition)」に近い概念ですが、対象はお客様だけでなく、明確に顧客を含む社会全体が対象です。企業が「自社の商品・サービス・事業を通じて、お客様・社会にこういう価値を提供して喜んでいただき、対価を得て企業として存続・成長していこう」と考える「事業を通じた顧客・社会への中核的な提供価値」です。

多くの事業・商品・サービスを抱える企業では、それらの総体として社会に提供したいと考える柱となる価値となります。企業理念としてパーパスを掲げる企業は、この中核的な提供価値も考慮してパーパスが策定されていることが多く、わざわざ中核的提供価値を意識する必要はないかもしれません。しかし、自社の社会的存在意義が明確になっていない企業は、自社の「将来にむけた顧客・社会への中核的な提供価値は何か」を具体的に見つめ直すことが、中長期の重要課題を考える上で極めて重要です。

総合商社を例にすると、「世界の財・人・情報をつなぐ仲介機能・事業投資機能・リスクマネジメント機能等を通じて、関わる地域がより豊かで持続可能となるように提供する自社ならではの価値」などと考えられるでしょう。この「顧客・社会への中核的価値」の創出・変革が中長期戦略の達成を左右し、ひいては企業理念(パーパスなど)の実現につながります。

「顧客・社会への中核的提供価値」とパーパス、マテリアリティ(重要課題)の関係
図:「顧客・社会への中核的提供価値」とパーパス、マテリアリティ(重要課題)の関係

5. 中核的提供価値の特定にむけた具体的ステップ

多くの企業では、マテリアリティを特定する際、自社の理念や世界的なサステナビリティ規範・イニシアティブ類、ESG調査項目などをベースに、自社の事業・ビジネスモデルとの関係を踏まえて重要課題候補をリストアップし、そのインパクトやリスク・機会を評価して重要課題の特定を進めることが一般的です。

しかし、このアプローチのみで検討を進めた場合、多くのステークホルダーが認識する社会的テーマは検討に織り込める反面、その企業ならではの持続的成長にむけた本質的課題が十分織り込まれないことがあります。その結果、経営層や現場で奮闘する従業員からは、皮膚感覚と異なる重要課題が特定されて戸惑いを生み、「納得・共感できない」「コミットできない」などの結果につながるのです。

これを回避するには、理念や中長期戦略の実現にむけて奮闘する経営者や事業責任者、管理職層などのキーパーソンにインタビューを行い、以下のような問いを投げかけることで、その企業がお客様や社会に今後どのような価値を提供し、そのために経営や事業の現場でどのような取り組みを行う必要があるかという、現場のキーパーソンが認識する中長期視点の課題を丁寧に把握することが大切です。

【キーパーソンへの問いの例】
  • 「貴社グループが、今後●年先を見据えた時に、社会から最も期待されている役割=顧客・社会への提供価値は何でしょうか?」
  • 「貴社グループが、上記の期待に応え、持続的に成長するために、●年先を見据えて中長期視点で取り組むべき重要テーマは何だとお考えになりますか? 例えば、社会変化に対応した新しいソリューション開発、高品質な原材料の安定調達、安心して働ける職場づくり、若手スタッフの育成、ダイバーシティ推進を通じたイノベーション能力向上など、どんなテーマでも結構です。ご所属の部門・役職にとらわれずご意見をお聞かせください。」

ポイントは、時間軸を中長期で設定し、「顧客・社会からの最も大きな期待は何か?」「その期待にどう応えるか?」「必要な組織能力は何か?それはあるか?」について問いを投げることです。このような問いに対して現場のキーパーソンからは様々な声が寄せられます。それを経営・サステナビリティの視点から整理することで、「社会・ステークホルダーの期待に応え、自社が成長するために最も注力すべき提供価値」や「その創出・革新にむけた本質的課題」をあぶり出すのに役立ちます

6. マテリアリティの特定を持続的成長につなげるために

もし、あなたの会社で特定したマテリアリティが、中核的提供価値の創出・革新に関わるテーマが含まれていない場合、そのマテリアリティは現場の方が感じる本質的な事業上の課題を十分捉えきれていない可能性があります。逆に、現場キーパーソンの皮膚感覚と一致するマテリアリティを特定できれば、多くの役員・スタッフの共感を得て、持続的成長にむけた力となるでしょう。

マテリアリティを特定する際は、現場のキーパーソンの声を丁寧に拾い上げ、中長期視点で見た①社会への中核的な提供価値とその実現にむけた現場の課題認識を把握する。②特定したマテリアリティが持続的成長の実現にむけて取り組むべき本質的課題を含んでいるか、バランスの取れた内容になっているかを「顧客・社会への中核的提供価値」との関係からチェックする、と良いかもしれません。

マテリアリティの特定および開示に関してより詳しい情報をお知りになりたい方・ご支援を希望される方は、以下のリンクからお問い合わせください。