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中小サプライヤーにおける人権リスクにどう対処すべきか

伊藤雅和(コンサルタント、経営士)

1. はじめに

企業の購買活動の相手先となるサプライヤーには、さまざまな規模の企業が存在しています。そのうち、企業規模の大きいサプライヤーは、取引量・金額も大きい場合が多く、自社の事業活動における重要なパートナーとして位置づけられ、人権デューデリジェンスにおいても重要なサプライヤーとして認識されることが多いのではないでしょうか。

一方、中小サプライヤーは、個社ごとの取引量・金額は小さいことが多いものの、特定の分野やセグメントにおいて取引先の多くを中小サプライヤーが占めていたり、代替困難な取引先となっていたりする場合も考えられます。また、人権の観点からは、一般的に大企業よりもむしろ中小企業の方が労働基準法や労働安全衛生法などにおける法令違反も含め、リスクが生じやすいと考えられます。このため、人権デューデリジェンスにおいては、中小サプライヤーに関しても重要なサプライヤーを特定して注意を払って行く必要があります。

2. 国内中小サプライヤーに関する人権デューデリジェンスの重要性

グローバルリスクの増加や経済安全保障の重要性の高まりなどにより、サプライチェーンのリスク管理の重要性が高まっているなか、特に国内サプライチェーンにおいては、中小サプライヤーでの人手不足・人材確保の困難化による廃業も増えてきており、サプライチェーンの持続性に影響するリスクにもなってきています。

中小サプライヤーでの人手不足への対応としては、「労働環境の整備」が重要ですが、一般に中小企業では人材育成が十分でないだけでなく、長時間労働対策、ハラスメント対策、子育てや介護がしやすい勤務体制なども整備されていない、労働基準法などの法令順守ができてないケースも散見されます

人権デューデリジェンスは、こうした中小サプライヤーにおける労働環境の実態を把握し、改善を働きかけていくことにより、人権リスクを低減させると同時にサプライチェーンの持続性を高める仕組みとして、位置づけることができます。この観点から、重要な中小サプライヤーに対しては、訪問ヒアリングや監査などにより実態を把握した上で、問題がある場合はその改善を働きかけることが必要であり、さらに、必要に応じて改善への取り組みをバイヤーとして支援することも考えられます。

  • 参考文献:
    日本政策金融公庫調査月報2023年7月「中小企業の従業員から見た働き方改革の現状と評価」
    厚生労働省「令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査報告書」(P71)
    厚生労働省労働基準局「令和6年 労働基準法等に基づく監督業務実施状況」

3. 中小サプライヤーにおける人権デューデリジェンスで重要な「対話」と「働きかけ」

サプライヤーへの人権デューデリジェンスにおいては、単に調査を行うだけでなく、問題を抱えているサプライヤーに改善してもらうことによって初めて、リスクの低減につながります。そのため、「サプライヤーへの改善の働きかけ」をどのように行うのかが重要です。

まずはサプライヤーの事業所を訪問して実態のヒアリングや資料の確認を依頼することになりますが、これは法的強制力を伴わない任意の取り組みであり、サプライヤーに協力してもらう必要があります。大企業であるバイヤー側が、発注者という強い立場を使って中小サプライヤーの意思を無視した形で一方的な調査を行うのではなく、同じサプライチェーンを協働で担っている者として「お互いにサステナブルな企業になるための取り組み」「Win-Winな取り組み」として位置づけ、「現状を聞かせて頂いた上で、今後に向けた意見交換(対話)をさせて頂く」というスタンスで臨まなければ、サプライヤーの協力を得ることは難しいと思われます。

4. 中小サプライヤーとの「対話」と「働きかけ」を効果的に行うためのポイント

では、中小サプライヤーに人権リスクの改善を働きかけるための効果的な対話とは、どのようなものなのか。この点について弊社では、中小企業の人事労務に詳しい専門家と議論を行った結果、以下を重要なポイントとして特定しました。

  • [中小企業の職場で発生しやすい法令違反について的確に聞き出し、必要な対応を働きかける]

    中小企業の場合、人権への対応以前に、人事労務上の法令順守ができていない場合が多く、そのことが大きな経営上のリスクとなっている可能性があります。したがい、ヒアリングする内容や改善を働きかける内容についても、法令順守という観点を基準に考えると、中小サプライヤーにとって納得性・必要性を理解しやすいものとなります。

    仮想の事例) ヒアリングにより、若年労働者に関する法令上の就業規制が順守されていない可能性を聞き出す

     建設系の中小サプライヤーに関する人権デューデリジェンスにおいて、事前に行ったアンケート結果から、ある中小企業において児童労働を禁止する方針を策定していないことが分かった。
     後日、同社に訪問ヒアリングを行うこととなったので、児童労働に関連する人権リスクとして、建設現場に入場している協力会社の未成年労働者が高所作業などの危険有害業務に従事していないか、また、未成年労働者による時間外労働の法的制限が守られているのかに関して、質問を行うこととした。
     同社にヒアリングしたところ、協力会社から「年少者就労報告書」を提出させており未成年労働者の存在は把握しているが、どのような業務に、どれだけの時間を就業させているのかまでは把握できていないことがわかった。
     以上を踏まえ、こうした問題は法令違反のリスクが大きいため、協力会社に対する実態調査を行った方がよいことを、バイヤー側からサプライヤーに対して働きかけた。

  • [中小企業の実情を踏まえ、アンケート回答結果の背景に隠れている様々な問題点を、対話を通して特定し、必要に応じて解決策をアドバイスする]

    中小サプライヤーとの対話を通じて問題点を特定し、その改善を働きかけるにあたっては、サプライヤーの職場・現場の実情に則した重要な課題について対話を行う必要があります。そのため、対話にあたっては、中小企業の職場で一般的に生じやすい問題点としてどのようなものがあるのかを踏まえたうえで、アンケートの回答内容を入り口としつつ多角的な観点でヒアリングを行い、サプライヤーの職場・現場の実情に即した問題点を聞き出すことが重要です。

    また、そのようにして聞き出すことができた問題点に対して、労務管理においてどのような実務対応を行えばよいのかについて具体的アドバイスを行うことにより、サプライヤーが問題点を理解したうえで改善に取り組むことが可能となります。

    仮想の事例) 相手の中小企業のレベル感に合わせたヒアリングにより、賃金支払いに関する様々な問題を抱えていることを聞き出す

     事前のアンケート結果より、ある中小サプライヤーで賃金の計算方法を従業員に周知させていないことが分かった。
     この企業のレベル感から見て、いろいろと問題がありそうなため、ヒアリングにおいては、まずは、「賃金の計算方法について何か不安はありますか」という切り口から聞くことにした。すると、同社においてはそもそも労働時間(始業・終業時刻)の正確な把握ができておらず、残業代の計算方法に不安があるとのこと。とくに、現場作業を始める前の待機時間や準備時間は把握しておらず、その分の賃金を支払っていないことが分かった。
     さらに、一部の従業員に「みなし労働時間制」を適用しているが、実際に必要な労働時間に比べて『みなし労働時間』が短く算定されており、社員が不満を抱いている可能性があることが分かった。
     以上を踏まえ、バイヤー側から同社に対し、IT機器を用いることで労働時間を正確に把握することが可能となることや、場合によってはそうした機器導入に助成金が使える可能性があることについて、説明した。

  • [「ビジネスと人権」という社会的要請だけでなく、労務管理や経営的な観点から、「なぜこの取組みが必要か」、「行わないと、どんなリスクがあるのか」を、説明する]

    中小サプライヤーとの対話では、論点とする人権上の課題について「社会的要請であるから取り組んだ方が良い」というだけでは説得力を持たせることができません。中小企業の職場の状況を踏まえ、それに則した形で、「取り組まないと職場でどんな問題が生じるか」「取り組むことで職場がどのように良くなるか」という説明を行うことにより、サプライヤーに必要性を理解してもらうことが可能となります。

    仮想の事例)「ハラスメント相談窓口がない」というサプライヤーに対して、窓口を設けることによって経営的なメリットが大きいことを具体的に説明する

     事前のアンケート結果より、ある中小サプライヤーでハラスメントに関する相談窓口が設けられていないことが分かった。
     そこで、後日行った訪問ヒアリングでは、従業員が働く中で困りごとが出てきた場合に誰に相談しているのかを聞いた。すると、そうした場合は総務や上司に個人的に相談しているとのこと。
     そこで、バイヤー側からは、以下の点を説明した。

    • 個人的な相談しかできないということだと、そもそも声が上がってきにくい状況になっている可能性が考えられ、そのことが不満につながりやすい
    • 個人的な相談に対応するだけだと、その場しのぎの対策になりがちであり、会社として本来抜本的に取り組まなければならないことに気づけず、見過ごしてしまっている可能性が高い
    • 会社としての公式な窓口を設置して従業員に周知、活用してもらうことにより、従業員への会社への信頼度が高まり、人材定着にもつながる

以上、中小サプライヤーに今後の改善を働きかけるための対話に関し、それを効果的に行うためのポイントおよび具体的なイメージを紹介しました。いずれも、実施するには法令や中小企業の労務管理に関する知見が必要となるため、必ずしも容易ではないかもしれません。しかし、逆にこうした知見を社内外のリソースを用いて補うことができれば、サプライヤーにおける人権リスクを実質的に低減させることができるとともに、サプライヤーの企業体質強化に寄与することも可能です。

5. おわりに

そもそも、サプライヤーに関する人権デューデリジェンスを行うにあたっては、どの分野・地域のサプライヤーでリスクが高いのか、重点的に行う必要があるのはどこなのかを特定したうえで、何を目的に、何をどこまで行うのかという、基本的な考え方を整理し、それを実施するために必要な体制を整備することが必要です。

例えば、国内の中小サプライヤーにおける人権リスクを実質的に低減させることを考えるのであれば、上述のように、法令や中小企業の労務管理の実情を踏まえて問題点を把握し、改善を働きかけ、場合によっては支援まで行うといったことが考えられます。そして、それらを実施するために必要となる体制を整備するためには、専門的知見を持つ人材を社内で育成するか、もしくは、外部の専門家(例えば、労働法令や中小企業の労務管理に詳しい社会保険労務士)と連携することについて、検討していく必要があります。

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