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サステナビリティの探求

なぜ今、企業に「社内浸透」が求められるのか
―サステナビリティ推進を成果につなげるための戦略・設計論

高杉葉子(コンサルタント)

はじめに~実施した施策の数々。それでも「社内浸透」が課題であり続ける理由

近年、サステナビリティを取り巻く要求は急速に高度化しています。気候変動、人権、自然資本、人的資本など企業が向き合うべきテーマは広がり、開示においても、財務情報と非財務情報の関係性がこれまで以上に問われるようになっています。

多くの企業が対応を進める中で、サステナビリティはもはや特定部門だけのテーマではなく、事業活動そのものと結びついた経営課題になりつつあります。

一方で、多くの企業では、サステナビリティ方針を定め、レポートを毎年発行し、研修も実施しているにもかかわらず、現場では「自分たちの仕事とどう関係するのかが見えにくい」という課題が残っています。施策は実施しているのに、浸透している実感が持てない。このズレは、どこから生まれるのでしょうか。

本稿では、社内浸透を単なる情報発信や研修実施の問題ではなく、目的、対象、アプローチを一貫して考える「戦略・設計」の問題として捉え直します。

1. 社内浸透は「施策不足」ではない

社内浸透が課題になると、まず考えられがちなのはさらなる「施策」の追加です。研修を増やす、eラーニングを実施する、社内報で発信する、ポスターを掲示する、イベントを企画する。いずれも重要な取り組みであり、社員がサステナビリティに触れる機会を増やすという意味では欠かせません。

しかし、サステナビリティに関する情報を様々な形でインプットする機会が増えても、社員が「自分の仕事のどこにどのような関わりがあるのか」「自分の仕事の中で何をすればよいのか」を理解し実践できなければ、そこで得た情報は一過性の「知識」にとどまります。

社内浸透で本当に押さえるべきなのは、「誰に」(Who:ターゲット)、「どのような状態になってもらうために」(目的:Why)、「何を」「どのような方法で働きかけるのか」(What/How)という設計です。言い換えれば、施策を単独で考えるのではなく、目的から逆算して、対象者に必要な情報や経験を組み立てることが重要です。

クレアンのセミナー資料でも、「よく頑張る社内浸透」ではなく「よく設計された社内浸透」へ、という考え方を示しています。これは、努力量の問題ではなく、全体の組み立ての問題として社内浸透を捉える視点です。

図:社内浸透に必要な3つの要素(クレアン作成)
  • 図 社内浸透に必要な3つの要素(クレアン作成)

2. 「理解・共感」を成果につなげるには

社内浸透の目的として、「理解」「共感」「行動」といった言葉がよく使われます。これらはもちろん重要です。しかし、それ自体を最終ゴールにしてしまうと、社内浸透は「知ってもらうこと」や「研修を受けてもらうこと」で止まりやすくなります。

例えば、研修の受講率、社内報の閲覧数、イベントの参加者数は、施策の実施状況を測る指標としては有効です。ただし、それらの数値が高いことと、社員の仕事の進め方や意思決定が変わることは同じではありません。重要なのは、施策の結果としてどのような「変化」を期待するのかを明確にすることです。

サステナビリティ推進における社内浸透の先には、具体的な行動の変化があります。例えば、事業部門でサステナビリティを踏まえた提案が生まれること、管理職が部下との対話の中で自社の方針を自分の言葉で語れること、社員が顧客や取引先に対して自社の取り組みの意義を説明できることなどです。

さらに、そうした行動を通じて、社員自身が自分の業務における課題や可能性に気づくこともあります。理解が行動につながるだけでなく、行動することで理解が深まるという視点も重要です。こうした変化が積み重なって初めて、社内浸透は経営上の成果につながります。

したがって、社内浸透を考える際には、「どの施策を実施するか」だけでなく、「その施策によって誰にどのような変化を生みたいのか」を定める必要があります。理解や共感は大切ですが、それは経営成果に向かう途中のプロセスとして位置づけるべきものです。

3. 「全社一律」は最適解ではない

社内浸透施策において、「全社員に同じ情報を届ける」ことで止まっていることが多くないでしょうか。全社員向け研修や全社配信のメッセージは、基本的な認知を広げる上では有効です。しかし、サステナビリティを実際の行動につなげるには、全員に同じ内容を同じ方法で届けるだけでは十分ではありません。

ロジャースのイノベーション普及理論では、新しい考え方や行動は全員に同時に広がるのではなく、先行して受け入れる層から徐々に広がっていくとされています。社内浸透に置き換えるなら、最初に働きかけるべき相手は、組織の中で周囲に影響を与え、変化の起点になり得る層です。

例えば、経営層は「なぜ取り組むのか」を示す役割を担います。管理職は、会社の方針と現場の業務をつなぐ役割を担います。推進部門は全体の設計を担い、事業部門はそれを商品、サービス、営業、調達、開発などの実際の業務に落とし込んでいきます。また、現場のキーパーソンや実践的な社員は、周囲に具体的な影響を与える存在になり得ます。

社内浸透とは、全社員への一斉伝達ではなく、変化の担い手とその影響力を起点に組織へ広げていくプロセスです。だからこそ、「誰に浸透させるのか」を分解して考えることと、起点となるのが誰かを見つけることが不可欠です。

図:社内での普及イメージ(クレアン作成)
  • 図 社内での普及イメージ(クレアン作成)

4. 自分事化は「伝える」の先にある

では、対象者を分けて情報を届ければ、自分事化は進むのでしょうか。ここでもう一つ重要になるのが、情報を受け取った社員が、自分の経験や業務と結びつけて意味づけるプロセスです。

経営理念の浸透に関する研究では、理念は一方的に説明されるだけで浸透するものではなく、社員自身が語り、解釈し、日常の行動に結びつける中で理解が深まることが示唆されています。田中雅子氏の研究に基づけば、自らの経験を語ることや、部下に説明することが自分事化につながるという視点が示されています。

また、高尾義明氏・王英燕氏の研究では、経営理念の浸透には「共感」「行動への反映」「深い理解」という次元があり、上司の理念に対する姿勢が、部下の共感や行動への反映に影響することが示されています。つまり、浸透は個人の理解だけではなく、上司との関係性や日常業務の中での意味づけによって支えられるものです。サステナビリティテーマの浸透においても、定量化しにくい価値や判断軸を、役職員が共通の言葉で捉え、日々の業務に結びつけていくことが求められます。その意味で、経営理念の浸透に関する知見は、サステナビリティの社内浸透を考える上でも示唆を持ちます。

人は説明を受けるだけで理解するのではなく、自ら説明することで理解を深める側面もあります。実際に他者へ説明しようとすると、自分自身の理解が曖昧な部分に気づき、改めて学び直す機会になります。

この視点に立つと、社内報を読む、研修動画を見る、レポートを閲覧する、といった情報接点だけでは十分ではありません。必要なのは、社員がその情報を自分の言葉で語り、自分の業務との関係を考えられる機会です。それは必ずしも大規模なワークショップである必要はありません。日常の会議、1on1、部門内での共有、上司からのフィードバックなど、既存の業務接点の中にも設計できます。

自分事化は、情報を届けることの先にあります。伝えた後に、どのように考え、語り、業務に結びつけるか。そのプロセスを設計することが、社内浸透を成果につなげる鍵になります。

5. レポートを、社内浸透の起点として活用する

サステナビリティレポートや統合報告書は、社外への開示資料として作成されることが多い媒体です。しかし、そこには自社の方針、重要課題、取り組み、成果、今後の方向性が集約されています。見方を変えれば、レポートは社内浸透のための重要な素材でもあります。

レポートは、発行して終わりにするのではなく、社員が自社のサステナビリティを理解し、自分の業務との接点を考えるために活用できます。例えば、経営層はレポートを通じて自社がなぜその課題に取り組むのかを語り、管理職は、部門の目標や日々の業務とレポートの内容を結びつけることができます。営業担当者や事業部門の社員は、社外のステークホルダーに自社の取り組みを説明する材料として活用できます。

このように、同じレポートであっても、立場によって読み取るべきポイントと期待される行動は異なります。だからこそ、レポートの活用にも設計が必要です。全員に同じ読み方を求めるのではなく、それぞれが何を読み取り、どのように語り、どのような行動につなげるのかを考えることが重要です。

例えば、レポートの活用を考える際には、「誰が読むか」だけでなく、「誰が、誰に、どの場面で、何を説明するのか」まで具体化することが有効です。営業担当者が顧客に説明する、開発部門が公的機関との対話で活用する、管理部門が社内の他部門に説明するなど、活用場面を具体的に設計することで、レポートは単なる開示資料ではなく、社員が自社の取り組みを自分の言葉で語るための材料になります。

また、レポートは対話の起点にもなります。社内の横方向の対話では、同じ立場の社員同士が、自分たちの業務とサステナビリティの接点を考えることができます。縦方向の対話では、経営層や管理職が、自社の方針と現場の役割をつなぐことができます。社外との対話では、顧客、取引先、地域社会などの視点から、自社の取り組みを見直すきっかけにもなります。

社内浸透とは、社員一人ひとりが、自分の仕事との接点を見つけ、それを自身の仕事の強みや厚みとして活かせる状態をつくることです。その第一歩として、レポートを社員が「読む資料」から「語る材料」へ変えていくことが重要です。

Who 開発、技術、営業、管理部門、役員等社内の各部門の社員が
To whom お客様、協力会社、投資家/金融機関、地域社会等に対して
When 社内会議、研修、商談、説明会等の場面で
What (フォーカスするサステナビリティテーマの何を伝えるか)
So what 役職員自身が、自分の言葉で語れるようになり、社内外で一貫したストーリーを共有している状態を作る
  • クレアン作成

おわりに -サステナビリティ視点を、自身の業務の強みと厚みにする

これからの社内浸透に求められるのは、施策を増やすことだけではありません。何のために浸透させるのか、誰に働きかけるのか、その人たちにどのような変化を期待するのかを明確にし、情報発信、対話、業務への組み込みを一体で設計することです。

サステナビリティは、もはや特定の部門だけが扱う特別なテーマではありえません。社員一人ひとりが、自分の仕事との接点を見出し、自分の言葉で語り、日々の判断や行動に活かしていくことで、初めて企業の力になります。

社内浸透とは、情報を受け取った社員が自ら考え、語り、行動できる状態をつくること。その設計こそが、サステナビリティ推進を成果につなげるために、いま企業に求められているのではないでしょうか。

社内浸透の設計でお悩みになられていたらぜひ弊社までご相談いただき、ご一緒に考えさせていただけると嬉しいです。

参考文献・参考資料

  • クレアン「社内浸透の戦略を再考しよう」(2026年5月29日セミナー資料)
  • 高尾義明・王英燕「経営理念の浸透次元と影響要因」(2011)
  • 田中雅子『経営理念浸透のメカニズム』(2016)
  • E.M.ロジャース著、青池慎一・宇野善康監訳『イノベーション普及学』(1990、産能大学出版部)

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