統合経営報告

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トップコミットメント

株式会社クレアン 代表取締役 薗田 綾子

『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』への共感

昨年、『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』の翻訳者である松本紹圭さんに、大学院大学至善館の「サステナビリティ時代の統合経営」のセッションでお会いする機会がありました。「グッド・アンセスター」はイギリスの文化思想家のローマン・クルツナリック氏の著書ですが、松本紹圭さんは僧侶という立場での翻訳者です。確かに、松本さんの表現が実に深くて素晴らしく、直感的に今まで探し求めていた答えが見つかったような気がしました。先祖供養をしてきた日本仏教の僧侶として、松本紹圭さんは「ANCESTOR」を「血縁の強い印象がある先祖」ではなく、「血のつながりによるDNAだけではない祖先」と訳されています。でも、聞いてみると、どの国でも「祖先」と訳されているわけではなく、国や文化や宗教観によって、その概念自体がなかったり、翻訳する言葉がなかったりするのだとか。日本語では「すべての過去世代として捉えてもらうために「祖先」と訳されたそうですが、まずは、この脈々とつながっていく生命とのつながりの哲学的な考え方にもとても共感しました。

「私たちは、何のために生まれてきて、死んでいくのか」が人生の問い

実は、私は小学生ぐらいから弟の影響もあって、手塚治虫のマンガが大好きでした。強く影響を受けたのは「火の鳥」と「ブッダ」。ストーリー的には「三つ目がとおる」や「ブラック・ジャック」の常識では理解できない何か不思議な感覚にも惹かれました。特に「火の鳥」では、不老不死の血を巡る争いでの生と死について、子どもながらに深く考えさせられました。火の鳥の血を飲んだ主人公が永遠の命を得るのですが、全ての生命が滅んでしまった後も、ずっと死ぬことができずに宇宙で独りぼっちになるというストーリーには、子供心に永遠の命への恐怖を感じずにいられませんでした。「私たちは、何のために生まれてきて、死んでいくのか」。実は、その後の私の人生でもずっとその答えを探し続けています。

松本さんがお話しされたゴーギャンの「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」という哲学的な問いとも少し近い感覚なのですが、もちろんまだ、私にはその答えは見つかっていません。でもこの年になると朧気ながらわかってきたような気がして、今の人生を全うすれば、きっと死ぬ瞬間にはシンプルな答えが鮮やかに感じられると確信しています。

「世代間の窃盗」と批判されても、否めない事実との葛藤

もちろん他にも、たくさんインスピレーションを受けました。特に世代間の公正と公平性においての再認識です。現在、私たちが起こしている気候変動や生態系の破壊、貧富の格差の拡大や新しいテクノロジーの負の遺産が「世代間の窃盗」にもなってしまうという指摘は、否定できない事実だけに胸をぐさりと刺された感覚でした。多くの企業の恩恵によって、便利で快適な私たちの暮らしが実現できています。でも、コスト重視の企業経営が引き起こしている外部不経済の結果、サプライチェーンでは様々な環境破壊やジェンダーギャップや人権侵害の問題などが噴出しています。このまま進めば、食糧や水、エネルギー問題による争いが起こり、貧富の差はますます拡大するでしょう。果たして自分たちや周囲の人たちの子どもや孫の世代が、命の危険に晒されずに、衣食住に困ることなく安心して暮らせるのでしょうか。

本の中にはこんな表現があります。世代間の公正や公平性を考えるとき「今、生きているすべての人々が片方に乗り、まだ生まれていないすべての世代の人がもう片方に乗っている天秤を想像してみよう。(中略)ある計算によると、過去5万年の間に約1000億人の人が生まれ死んでいる。21世紀の平均出生率が今後5万年間維持されるとすると、この先約6兆7500億人の人間が誕生する ことになる。これは、現在生きている77億人の877倍であり、これまで生きてきたすべての人類の数をはるかに上回る。 彼らの幸福を無視して、自分たち の幸福にそんなに大きな価値があると考えて良いはずがない。」

これから生まれる世代の規模

これから生まれる世代の規模
  • 出典:『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』

果たして、人類が5万年後に存在を許されているかどうかは誰にもわかりませんが、これから何万年も先の未来の生命まで、思いが至ったことは私にはありませんでした。企業経営の今までのサイクルでは四半期ごとか、中期経営計画でも3~5年間かSDGs期限年の2030年までの短期思考でした。この数年前から、カーボンニュートラル社会実現と風呂敷を広げても、せいぜい2050年~2100年しか視野には入っていませんでした。クレアンでは「私たちは輝く笑顔あふれる地球の未来を創造します」という企業理念のもと、35年近くの間、クライアント企業のサステナビリティ経営の推進支援をしてきましたが、この時間軸の長さの違いに改めてハッとさせられました。私たちが負の遺産として残してしまったものが、後世の500年後、5000年後、さらに5万年後に悪影響を与えてしまう可能性もあるのです。未来の子供たちに、今の私たちと同様の多くの選択肢が残されているかも疑問です。今の延長線上の世界では、私たちは、未来の子供たちからよき祖先だと言われるどころか、酷いことに加担した最悪の祖先になってしまいます。では、私たちは、いったいどうすればいいのでしょうか?

短期思考から、超々長期思考への転換が私たちの急務

おそらく、今の短期思考の経営や経済のままでは企業も社会も持続することは不可能だと多くの経営者が感じています。若い世代もサステナビリティの重要性に気づき始めています。機関投資家もESG経営を重視し、ESG投資のグローバルな潮流も出てきています。けれども変化の大きなVUCAの時代、多くの株主や投資家からは短期的な利益を求められ、まだまだ企業経営や事業戦略も短期で結果を出すことばかりに偏ってしまっています。もちろん、企業存続のために利益をきちんと出すことは大前提ですが、未来価値を創り出していくための重要な人財育成や戦略的なイノベーション投資が進んでいないのが現状です。政府も相変わらずGDPを主要指標に経済発展を謳い、企業には売り上げや利益ばかりが求められ、多くの若い人たちは「何のために働くのか、何のために生きているのか」生きがいや働きがいを見失ってしまっています。今の社会の延長線上には、誰一人取り残さない幸せな未来はないのに、滝つぼに向かってまっしぐらに進んでいる船のようです。

フューチャーホルダー(未来の持ち主)が、重要なステークホルダー

「グッド・アンセスター」となるための第一歩は、未来世代に対して謙虚に生きることだと説かれています。「宇宙の歴史の中で瞬き程度の時間しか生きていない人類が、悠久の時間Deep Time(ディープタイム)の感覚に根差した慎みを身につけることが重要な出発点だ」という言葉にも頷かされました。空を見上げると宇宙は果てしなく広がっていて、私たちの住んでいる太陽系の太陽や惑星の時間軸も億年単位で、現代人の時間軸がいかに刹那的だということを思い知らされます。まさに「現在という一点に注いでいる視線を悠久の時間軸に移すには、想像力の大きな飛躍が必要」となってくることでしょう。

けれども未来を想像することは容易なことではありません。でも、これから生まれてくる世代「フューチャーホルダー(未来の持ち主)」には大きなポテンシャルがあるはずです。「グッド・アンセスター」という概念は改めて、「私たちがよき祖先となるための道徳的な道しるべでもあり、倫理的な想像力を未来へと広げ、長期思考法の指針となる」と確信しています。未来の地球市民の人生に大きな影響を与える意思決定には、彼らの利益や福祉や幸せがきちんと考慮されるよう、重要なステークホルダーの一つに位置付けて、フューチャーホルダーの声を反映するべきです。特に、これからの企業のマルチステークホルダー・エンゲージメントの中には、必ず次世代の声を反映させることが必須となることでしょう。

今までクレアンでは、2030~2050年の未来を考えるために、バックキャスティング手法やシナリオプランニングなどのワークショップを多くの企業に実践してきましたが、まさにディープタイムの未来世代からの視点を強化する必要があると感じています。フューチャーデザインという未来世代を主役に考える手法が自治体の地域創生でも活用されています。日本でも、すでに岩手県盛岡市の南に隣接する人口27000人の矢巾町では、「黄色いハッピを着ると2050年~2060年の未来人になる」というルールで、町政の総合計画を作成するにあたって、住民の意見を採り入れているそうです。私が応援している北海道の浦幌町は、地元の小学生の声を町の長期計画に取り入れています。また、クレアンでサポートした兵庫県豊岡市が、高校生たちの意見をジェンダーギャップ解消戦略に組み込んだのも画期的です。この動きは世界各地にも広がっていて、今後のサステナブルな街づくりの大きなヒントになるかもしれません。未来からのバックキャスティングの思考法が、今までの社会制度や国家政策、地方自治をガラリと見直すきっかけになることでしょう。

まずは2100年に生きる子どもたちが、何を大切に生きているのか、その価値観を考えることから始めてもいいかもしれません。このままAIや宇宙開発が進み、地球の環境がどんどん変化することは避けられないでしょうが、私たちの意識はもしかしたらもっと進化し、物質的な欲求から離れてシェアをしたり、大切な人や社会のために時間を使ったり、共通の夢を実現することにエネルギーを注いでいるのかもしれません。できれば未来人の立場から、今の現状の課題を超々長期的視野と深い思考をもってバックキャスティングできれば、きっと大きな変革のヒントが見つかることでしょう。

「天命を信じて、人事を尽くす」が、私の座右の銘

クレアンは、2023年8月5日に創立35周年を迎えます。多くの方々に応援していただいたことに本当に感謝しています。特に直近の25年間は、サステナビリティ情報開示をベースに一気通貫して企業のサステナビリティ経営支援の提案をし続けてきたのですが、今までにないビジネスモデルなのか、どうして、こんなビジネスが続いているのかが不思議がられました。もちろん、様々な社会の変化の中、経営が不安定だった時期もあり、苦労をしながらサステナビリティコンサルティング事業を続けてきたわけですが、一度もぶれずにこの仕事を続けている大きな理由は、きっとこの仕事が私自身の天職だと感じているからでしょう。実は、「人事を尽くして天命を待つ」のではなく、「天命を信じて、人事を尽くす」が、私の座右の銘でもあるのです。

現在は「パーパス」の見直しや言語化を通じて共有することの重要性について、統合経営を推進する中で企業に提案を進めています。企業として「何のために存在するのか。未来にどんな価値を創り出せるのか?」それを問い続けることが、社員にとっても、それぞれの人生におけるレゾンデートル(存在意義)にもつながると考えています。企業である組織も人も、今現在の存在意義だけでなく、「未来にどんな価値を創造できる存在なのか=パーパス」を明確にすることが、きっと「私たちは、何のために生まれてきて、死んでいくのか」の問いそのものです。これからも、未来の子どもたちから満面の笑顔で「ありがとう」と言ってもらえる日のために、この命を十分に使っていきたいと思います。